できるだけ多くの海事人材を世に送り出す(その1)

おはようございます。

昨日、海技塾.comは、おかげさまで、開塾から訪問者1,000人となりました。

ありがとうございました。これからも、役に立つ情報が提供できるよう、日々勉強します。

さて、訪問者の方が疑問に思っているのでは?ということで、私がこのようなこと(サイト立ち上げ)を行っているかについて、お話をしようと思います。

きっかけは、色々あります。

  • 親が小さな内航船(199クラスのケミカル船)の機関長だったこと
  • 親が船乗りなのに何故か貧乏だったこと
  • 小さい頃(幼稚園に行くまで)は、父親の乗る船に頻繁に乗っていた(生活していた)こと
  • 小学6年生(たぶん)の時、近くに海王丸(練習帆船)が来て、一般公開に参加し、数ページの小さなパンフレットをもらい、帆船に憧れを持ったこと
  • 中学3年になり、とりあえず早く就職したくて高専系に進もうと思っていて、夏休みに商船高専の体験入学を経験し、ヨットとかカッターとかと貴重な経験をしたこと
  • 自分の成績では工業高専は無理で、商船高専がぎり可能性があったこと
  • たまたま時代が良くて(?)商船高専に受かってしまったこと(入学時は定員割れ)(しかし、この時、将来的に練習帆船に乗れるとは全く知らなかった)
  • 1年の時は単位を落として仮進級したが、何とか4年まで進級できて卒業できそうだと感じたこと
  • このまま卒業してもつまらないと思い、二級海技士(機関)筆記試験の勉強を始めたこと
  • たまたま時代が良くて(問題傾向が1つ前の試験からやさしくなった)1回で受かってしまったこと
  • 目標を失い、やる気がなくなっていたところ、ある先生に叱られたこと
  • 次の定期試験で一級海技士(機関)筆記試験を受験し、2科目しか合格しなかったこと
  • 5年生の夏、特に船に乗る気はなかったが卒論の担当教諭に会社訪問を勧められ初めて東京まで行ったら美味しいうな重をご馳走になり、いつの間にか内定が決まっていたこと
  • 練習船で1年、乗船実習を経験する間に大学へ行ってみたいと思い始めたこと
  • しかしながら、外航船会社への就職が決まっていて、家も貧乏だったのでそのまま船会社へ就職したこと

とりあえず、長くなるので、20年分。

なかなか「できるだけ多くの海事人材を世に送り出す」と思うに至ったという話には到達しませんが、20年分の自己紹介です。

アクセス数や訪問者が増えるごとにちょいちょいお話ししていきたいと思います。

これからも海技塾.comをよろしくお願いいたします。

https://kaigijyuku.com/about/goal

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コメント

  1. U-ichi より:

    はじめまして。
    私は幼少の頃に練習帆船日本丸と鳥羽に保存されていたブラジル丸を見て将来船の仕事をしたいと思ったものの商船系の大学進学や海員学校の受験を諦め、某文科系大学で海運論を学び、NVOCC勤務を経て船員派遣業の会社に勤務しております。
    船員の人材不足を何とか解消したいと業務に励んでおります。

  2. 塾長 より:

    U-ichi様、コメントありがとうございます。難しい問題ですよね。日本の海事社会に対して私に何ができるかと考えた末、思いついたのがこのサイトです。船員になろうとする方の少しでもお役に立てれば幸いです。これからも、このサイト共々、よろしくお願いいたします。